大野城市の紹介-大野ジョー報シート

自然に豊かなベットタウン「大野城」

我国最古の山城に由来し、古い歴史と豊かな自然に恵まれた緑のまち「大野城」

市の由来
本市の東部に連なる山を大野山(またの名を四王寺山)という。西暦665年に朝鮮式山城が築かれ、大野の城といわれた。市名はこれにより、大野城という。
「大野城」の名称は、白村江(はくすきのえ)の戦いで大敗を喫した日本が、大宰府防衛のために、天智4年(665)に大野山(四王寺山)に築いたわが国最古の朝鮮式山城「大野城」(おおののき)に由来しています。以来、博多(那の津)と大宰府を結ぶ交通の要地として繁栄しました。現在も市域の一つの自治体として発足したのは、明治25年の町村制を実施し大野村となり、このころから人口の流入が始まりました。この傾向は昭和30年代後半から強まり、人口の急増が続きます。このような中で昭和47年4月に市制を施行し、平成24年4月には市制40周年を迎えました。

位置・地勢
大野城市は東経130度28分、北緯33度32分で、福岡市の南に位置しています。市域は東西約6キロメートル、 南北約8.5キロメートルで面積は26.89平方キロメートルです。市の中心部の幅は約1キロメートルしかなく、ひょうたん型をしています。
東北部には四王寺山や 乙金山、南部と南西部には背振山地の牛頸山を中心とする小連山があり、都市部としては貴重な緑がまだまだ残されています。中心部 は平坦で市域の50%を占め、そこでは牛頸川と御笠川が合流し、やがて博多湾へ注いでいます。
市域内には九州の交通動脈である国道3号、JR九州の鹿児島本線、西鉄天神大牟田線などが南北に貫通するとともに、九州自動車道太宰府インターチェンジ、それに接続されている福岡都市高速道路や福岡空港にも近接していることから、福岡都市圏で最も交通の便に恵まれた地域となっています。

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