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牛頸須恵器窯跡

場所
大野城市上大利、牛頸他
分類No.
歴-0003う

古代の牛頸地域に密着していた大規模窯跡群

大野城市には古墳時代から平安時代にかけての須恵器(すえき)の窯跡がたくさん見つかっています。特に牛頸に数多く造られているので、その一群を牛頸窯跡群(うしくびかまあとぐん)と呼んでいます。総数は推定600基を超え、その規模は兵庫県以西の西日本最大規模です。平成21年2月12日に牛頸窯跡群の一部が国指定史跡に指定されています。

硬質で黒灰色をした肌質が特徴の須恵器。1100度の高温の中、酸素のない状態で焼かれる還元焼成という焼き方で作られその製法は朝鮮半島から伝わり定着したと伝えられています。当時は土師器といわれる野焼きの器もありましたが、低温焼成の土師器より丈夫な須恵器はその性質を生かし、水などの液体を保存しておく器として活躍していました。この牛頸須恵器窯跡では、6世紀中ごろから9世紀中頃まで生産をしていたと言われています。今でいう職人さんたちは工房を構え、定住していて窯内からは鉄刀や耳環などの遺物も見つかっています。
窯の操業終了後は職人さんたちのお墓に転用されたと言われていて、窯が墳墓となった例は全国的にも珍しいそうです。須恵器の形状は杯の形、高台がついたものなど、先人の技術の高さも窺い知る事が出来ます。
職人さんたちは自分たちの作った器で何を飲んでいたのでしょう?
牛頸山を眺めながら先人の暮らしに思いを馳せてみるのもいいですね。